お好み俵おむすびセット

皆さんもご存知の通り、わたしがこの世でいちばん好きなコンビニ弁当は、お好み俵おむすびセット(©️ファミリーマート)だ。

価格は360円(税込)で、内容は至ってシンプルな俵おむすび弁当。一口サイズの食べやすいおかずとこれまた一口サイズの食べやすいおむすびたち。ゆで卵、コロッケ、赤ウィンナー、唐揚げ、海老フライ、ミニ焼きそば。食べる順番を逡巡してしまうくらいオーソドックスなおかずラインナップ。それでも結局おれが主役なんだぜと言わんばかりの俵おむすびの居ざま。

物心ついたときからコンビニでご飯を買う機会があれば必ずこのお弁当を手に取ってきた。しかし現在わたしの生活圏内にあるファミリーマートでは、ほとんどこのお好み俵おむすびセットを見かけることがない。かつて沖縄に住んでいたころは、ファミリーマートに行けばいつだって彼らに会えたものだが。生産ラインが縮小されたのか、違うお弁当にマイナーチェンジされてしまったのか、熊本のファミリーマートへの入荷数が極端に少ないのか。

そんなこんなでかれこれ何年もマイベストお弁当にありつけていないのだが、つい先日思いがけぬチャンスに巡り合えた。

夜中にふと久しぶりに散歩したくなり決めた行き先、熊本駅で。

いや、決めたというと嘘になるかもしれない。ぼんやりと白川沿いの道を歩いていたら、気づけば足がそこに向かっていた。

2時間近く遠回りしながら着いた目的地で、わたしはへとへとになりながらなぜか真っ先に駅構内のファミリーマートに向かっていた。そして辿り着いたレジ前のお弁当コーナーにて、運命の再会を果たした。

お好み俵おむすびセットはどこか照れたように、旨辛仕立てのエビチリ丼やだし香る!ロースカツ丼らに囲まれて、わたしを見上げていた。彼はたくさんの趣向をこらした新作お弁当たちの中で、どこか居心地悪そうに佇んでいた。あのころと何ら違わぬ、不器用で真っ直ぐすぎるお弁当。次々に新たなメニューが展開されるコンビニお弁当業界で、そんな彼はやがて隅に追いやられ、だんだんと居場所を失っていったのだろうか。しかしわたしは彼のそんなひたむきさに惹かれたのだ。

お好み俵おむすびセットを手に取り、見つめ合う。紛れもないマイベストお弁当は本当に何ひとつ変わっていなかった。

しかし、私の方は違った。

自分でもショックだった。数年ぶりの再会が嬉しかったはずなのに、全く彼を買う気にはなれず、力なくお弁当コーナーに彼を置いた。

なぜ?

そう聞かれるかと思った。しかしお好み俵おむすびセットは何も言わず、今度はどこか寂しそうにわたしを見上げるだけだった。

この数年でわたしは少しだけ歳を取り、少しだけ大人になり、セブンイレブンやローソンやデイリーヤマザキに行き、行くその度に違うお弁当を家に連れて帰るようになった。たまにファミリーマートに行っても、ファミチキとおにぎりだけ買って、もはやお好み俵おむすびセットを探そうともしなかった。

気づかないふりをしていたけど、わたしはもうお好み俵おむすびセットのいない世界で、うまく生きていけていた。

最近ではコンビニ弁当を食べることもほとんど無くなってきて、そもそもコンビニ弁当があまり美味しいものじゃないと気付いてしまった。それはきっとお好み俵おむすびセットも例外ではない。

わたしの表情からすべてを悟ったのか、お好み俵おむすびセットは泣きながら笑って、わたしを見送った。

結局何も買わずにファミリーマートを出たわたしは、寂しいような、けれどどこか晴れやかなような気持ちだった。春と夏のはざま、生ぬるい風がわたしの肌を撫でる。大人と子供のはざまで自分の不器用さに苛立っていたわたしを、いつだって満たしてくれたのはお好み俵おむすびセットだった。彼のことを好きだったひとはわたし以外にもたくさん居ただろうけど、彼のことをちゃんと好きじゃなくなったのは、わたしだけだろうな。もしかしたら彼は、最後にちゃんとお別れが出来るように、わたしを熊本駅まで導いたのかもしれない。

 

ありがとう、そしてさようなら、お好み俵おむすびセット。いちばん大好きだったよ。